自分に備わっている非物質的感覚を信頼する
私を含む多くの人は大人になる過程で、次のような教育を受ける。
- 物質世界こそが現実の全てであり、それ以外の世界など実在しない
- 物質世界がもっとも重要であり、夢などの非物質世界は重要でない
要するに「起きているときの世界こそが世界の全てであり、それのみが現実である」、あるいは「夢の世界や死後の世界などというのは人間の想像力が勝手につくり出したおとぎ話で、現実にそんな世界は存在しない」という信念を抱かせられる。
おそらく多くの人はこれらの信念に何の疑いも持っていない。
疑う余地すらない真理であると信じ込んで(信じ込まされて?)いる。
これらの真偽はともかく、これらに反することを唱えると、頭がおかしいと指摘されたり精神に異常を来していると見なされたりする。
それでもなお「ホラ、あそこに幽霊が見える!」などと言おうものなら、「精神病患者」のレッテルを貼られて世間から強制的に隔離される。
こうした事情もあって元々備わっているはずの非物質的感覚は未発達の状態が保持されてしまっている。
それは事実上「人間には非物質的感覚などない」、「たとえあったとしても重要ではない」と信じ込まされているのと同じだ。
ブルースはそれがどんなに未発達であれ、その感覚の存在とそこから得られる情報を信頼することの重要性を強調した。
それが非物質世界の認識につながるのだと。
自分に備わっている非物質的感覚を信頼する
ここで自分が「自分には五感がない」と長年信じ込まされていたらどうなっているだろうかを想像してみる。
きっと今私が知覚しているように物質世界を知覚することはできなかっただろう。
その世界は今私が知覚している物質世界よりも曖昧で不明瞭な世界として知覚されたに違いない。
たとえるならば、眼に濁ったコンタクトレンズを装着させられ、耳に耳栓を押し込まれたときのように。
それを考えると、ないように思われてもあると見なすことが非物質的感覚を発達させる第一歩であり、たとえそこから得られる情報が貧弱であっても、それらに注意を払い、重要視していくことが非物質的感覚を発達させる訓練になる、というブルースの教えには説得力がある。







