リラックスのエクササイズ中に見たビジョン
正午。
ようやく非物質世界を知覚するためのエクササイズに入る。
まずはリラックスの方法から。
リラックスすることでよりオープンになり、敏感でいられるという。
あまりにもシンプルなリラックス法
ブルースの教えるリラックスの方法は至ってシンプルだった。
ここではその方法を紹介しないが、ヨガや呼吸法、瞑想などを少しでもかじった人であれば、メモする必要もないだろう。
それらにまったく縁のない人生を送ってきた人も、「自分なりの方法でリラックスして下さい」と言われたら、ブルースの方法をやっているかもしれない。
そのくらいオーソドックスでシンプルな方法だった。
リラックスが深まると首が回転し出す
リラックスのエクササイズを始める。
目をつぶり視覚を遮断することによって他の感覚、特に聴覚が研ぎ澄まされていく感じがする。
これまで聞こえなかった空調の音が耳につく。
程なく頭がゆっくり回転し出す。
これは私がある程度リラックスが深まったときに表れる現象で、瞑想をしていたときはよくこうなった。
腰から上が背骨を軸にして小さく回転し、さらにリラックスが深まると首から上が大きく回転する。
尾てい骨のあたりからエネルギーが回転しながら登ってくる感じで、ただそれに上半身や頭をゆだねている状態。
こうなったときの感覚はかなり心地よい。
電車の中でウトウトしているとき、突然首がガクンと前や後ろに倒れるときがあるが、あの感覚に近い。
もちろん止めようと思えば止められるし、回転が大きすぎたときはもっと小さくすることもできる。
これは私に特有の現象とは思わないが、薄目を開けて他の人の様子をうかがうと、せっかくのこの感覚が失われてしまうかもしれないと考え、目を閉じたまましばらくこの状態をキープした。
というのも、このとき、様々なビジョンが見えていたのだ。
リラックスのエクササイズ中に見たビジョン
照明を落とした薄暗い部屋の中で目を閉じているので、そこで私が見ているビジョンは外界からの光(何かを反射した光)がまぶたを通過したものではない。
冷めた表現をすれば、「脳内が勝手に創り出している映像」、あるいは「脳が『見えている』と錯覚させている映像」になろうか。
では、なぜ脳はそのようなビジョンを「見せ」るのか?
そもそもその映像は何なのか?
おそらく、深いリラックス状態が確立されたことにより意識が広がって非物質世界にある何らかの情報を受け取れるようになった、ということなのだろう。
非物質世界での体験を記憶しておく方法
私が見たビジョンは目まぐるしく変化する上、それが何なのかわからないことがほとんどなので、それを記憶に定着させるのが難しい。
非物質世界での体験を記憶に定着させるにはそれを言葉に置き換えるという作業が必要なのだが、非物質世界における情報を物質世界の言葉によって定義するということにそもそも無理がある。
物質世界にあるものが非物質世界にもあり、まさにそれを見たり聞いたりしたのであれば簡単に言葉に変換できるが、そんな都合のいい体験は滅多にしない。
エクササイズ終了後、その体験をノートに書き留めるが、様々なビジョンを見たはずなのに、どうにか言葉に変換し、記憶として持ち帰ることができたのはたった3つだけだった。
非物質世界から持ち帰ることができたビジョン
私が非物質世界から持ち帰ることができたビジョンは以下の3つ。
- ダイヤモンドのカットのように交差する無数の数学的な直線
- 綺麗な蒼い翅(はね)を持つ蝶の翅を横から見たビジョン
- ぼやけたタンポポの種(綿毛)
写真素材集「フォトバイブル」から私が見たビジョンに近いものを選び出し、加工してみた
[交差する直線]

[蒼い翅の蝶]

(右)ルリオビタテハ
[ぼやけたタンポポの種(綿毛)]

さて、これらのビジョンはいったい何なのか?
どんな意味があるのか?
今のところまったくわからない。







