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   <title>Beyond the Material World [物質世界を越えて]</title>
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   <updated>2008-10-12T05:27:42Z</updated>
   <subtitle>ブルース・モーエンワークショップ、ホ・オポノポノ、ヘミシンクなどの実践記。</subtitle>
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   <title>ホ・オポノポノとイラクの子供絵画・写真展</title>
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   <published>2008-10-12T05:24:45Z</published>
   <updated>2008-10-12T05:27:42Z</updated>
   
   <summary>昨日で、ホ・オポノポノのセミナーに参加してから1週間が経過した。 その間、ずっと...</summary>
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      <name>エイジ</name>
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         <category term="ホ・オポノポノ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[昨日で、<a href="http://blog.hooponopono-asia.org/modules/amevents/index.php" target="_blank">ホ・オポノポノのセミナー</a>に参加してから1週間が経過した。
その間、ずっとクリーニングし続けている。]]>
      <![CDATA[イラクの子供絵画・写真展を見てきた。
どんな内容かは見る前から想像できる。
よって暗にそれらから目を背けたいと思っている人であれば展示を見に行くということはないだろう。
私が足を運ぼうと思った1つの理由は、イラクの現状をさらけ出したそれらを目にすることで、それらをクリーニングできると思ったからだ。
爆破された建物や車両、焼け焦げ流血している死体の前にたたずむ子供の写真を見ながらクリーニングしていく。

ホ・オポノポノでは、「<span class="red">自分に起こる現実はすべて自分の責任</span>」なのだ。
また、そう認識しないと、あらゆる問題は解決しない。

この日、イラクでの悲惨な現実は私の責任となった。
帰宅後、もらったパンフレットもクリーニングしていく。

<span class="day">[イラク 航空写真]</span>
<div class="sho"><iframe width="400" height="300" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF&amp;lr=lang_ja&amp;ie=UTF8&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox&amp;t=h&amp;s=AARTsJpxdttvhlOiPvrFiRQhZVpinCLF2A&amp;ll=33.211116,43.681641&amp;spn=11.020407,17.578125&amp;z=5&amp;output=embed"></iframe><br /><small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF&amp;lr=lang_ja&amp;ie=UTF8&amp;oe=utf-8&amp;client=firefox&amp;t=h&amp;ll=33.211116,43.681641&amp;spn=11.020407,17.578125&amp;z=5&amp;source=embed" style="color:#0000FF;text-align:left">大きな地図で見る</a></small></div>


さて、私がイラクで起こっている現実に対してできる最善の行為はクリーニングだ。
ひたすら、ただひたすらクリーニングしていくことによって、それを許している記憶も消えていくだろう。


<span class="day">[参考]</span>
マスコミには報道されないイラクの現実を知るには<span class="red">&raquo;</span><a href="http://peacetv.jp/index.html" target="_blank">イラク平和テレビ局 in Japan</a>（有料:1年5,000円～）へ]]>
   </content>
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   <title>お台場のトークイベントに参加して</title>
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   <published>2008-09-20T19:19:32Z</published>
   <updated>2008-09-20T19:35:14Z</updated>
   
   <summary>9月20日(土)、あるイベントに参加するためお台場へ行った。 そのイベントは知覚...</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
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         <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="気付き" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="身辺雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="101" label="イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="549" label="トークライブ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="550" label="超次元の成功法則" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      9月20日(土)、あるイベントに参加するためお台場へ行った。
そのイベントは知覚が開き、劇的に非物質世界を認知できるようになったMさんの体験談をお酒を飲みながら食事をしつつ聴くというもの。
私とMさんとは直接の面識はない。
このイベントの主催者の一人Iさんが、ブルース・モーエン ワークショップでいっしょだった関係で、この知る人ぞ知るイベントに参加することができた。
      <![CDATA[<h2>今朝見た夢</h2>

イベントの内容を語る前に、記録しておきたいことがある。
イベント当日の朝、立て続けに夢を見た。

1つはそのイベントに参加している夢だった。
Mさんとは面識もなく、顔も年齢もわからない。
その夢に出てきたMさんと思しき人は、前もって予想していた顔とは違っていた。
髪が短いという部分は当たっていたが、「あっ、こんな顔だったんだ」と思った。
それは1/4くらい外国の血が混じっていそうな大仏さんのような顔で、第一印象は「<span class="blue">そういう顔の人ならそうなるのも納得だよ</span>」というものだった。
先入観だろうか、私の中では顔によってビジョンが見えそうな人とそうでなさそうな人とが分かれており、その夢に出てきたMさんの顔はいかにもビジョンが見えそうな顔をしていた。

夢から覚めたとき、もし夢に出てきたMさんが、実際のMさんと同じ顔をしていたら、それはスゴいな、と思った。
結論から言うと、実際のMさんの顔と私の夢に出てきたMさんの顔は同じではなかった。
ただ雰囲気は似ていたかもしれない。
まァ、落胆はしなかったが、疑問は残る。
あの夢に出てきた人物は誰だったのか？
今まで会ったことのない顔だが、印象が強いのでこれを書いている今も覚えている。


この夢のほかにある知人から同じタイトルのメールを2通、受信するというのも見た。
1通目は短く、2通目は1通目より長い文面。
内容は今度会おうというもの。
夢から覚めたとき、実際にそういうメールが届いたらスゴいな、と思った。
今、メールチェックしてみたが、その知人からはメールが届いていなかった。
なかなか予知夢を見られない、ということか？


<h2>その願望が成就してパラダイムは変わりますか？</h2>
もう一つ記録しておくことがある。
お台場へ向かう電車の中で読んだ本『<a type=amzn >超次元の成功法則</a>』。
その中にこんな一節がある。


<blockquote><span class="blued">少し考えてみよう……</span>
<ul><li>あなたが望み、実現すればいいと願うものは何ですか？</li><li>なぜそれを望むのですか？</li><li>その願いはどこから生じたものですか？</li><li>その願いが成就すると、あなたのなかの何が満たされますか？</li><li>その願いが成就することで、あなたのリアリティはどう変わるでしょうか？</li><li><span class="red">あなたのパラダイムも変わりますか？</span></li><li>その願いを叶えるためなら、現在のあなたのパラダイムにあるものすべてを、喜んで手放しますか？</li></ul>
<div class="top">『<a type=amzn >超次元の成功法則</a>』p.256より</div></blockquote>


電車の中ということもあり、その一つ一つの問いに対し丁寧に自問することなく、流し読みしていたのだが、「<span class="red">あなたのパラダイムも変わりますか？</span>」の一文に引っかかった。
今、自分の願望を<span class="red">精密に</span>把握する作業をしているのだが、それが影響しているのだろう。
私の願望が実現したとしても、それで私のパラダイムが変化するかどうかなど考えたことがなかった。
だが、これは大事なことなのだ。
そう直観した。
そのくらいのことを実現してこその人生。
という気がする。

何しろその瞬間、「<span class="red">あなたのパラダイムも変わりますか？</span>」という一文が記憶された。


<h2>創造者になるのに必要だった絶望的状況</h2>
さてイベント中、Mさんの話を聴いているとき、あることがわかった。
今これを書いている時点で、Mさんがどんな話をしているときだったかは思い出せないが、そのときわかったことは書き留めた。


<span class="blued">絶望的状況だからこそやる価値がある！</span>


というものだ。
実現可能と思われることを実現できたとしても、それでは私のパラダイムは変わらない。
実現不可能と思えるような状況にあって、それを実現したとき、きっと私のパラダイムは変化する。
その事実を知ったとき、「<span class="blue">あぁ、私の成功はそういう風に設定されているのか</span>」と思った。


引き寄せの法則で、どういう風に実現するかは考える必要がない（考えてはいけない）という規則がある。
どうやって実現するのかは向こう側の仕事で、こちらは最終的にそうなると信じてそのときやるべきことをやるだけでいい。
といっても、それができるならとっくにそれを実現しているだろう。
考えるなといっても考えてしまうのだ。
そのイメージは容易にそれが実現しないという結論を導き出す。
結果、蒔いた種は実がなる前に枯れてしまう。
言い換えれば、「そうなる」ということに確信を持てない。
願いが叶う過程を考えてしまう、というのはそういうことなのだ。
そうである限りにおいて、それは実現しない。
実現し得ないのだ。

この状況（成功したいができない）を打破するヒントをそのとき得た。


<blockquote><strong>われわれがここにいるのは、創造者になるためだ。われわれの目的は、<span class="red">空間を観念と思考の住処で満たすこと</span>である。われわれがここにいるのは、この世から何かを生み出すためだ。
<div align="right">――ラムサ</div>


ここでわれわれが目指しているのは、意志を使いこなす天賦の才を磨くこと、そして、<span class="red">巧みな創造者になる</span>方法を学ぶことである。
<div align="right">――ウィリアム・ティラー博士</div></strong>

<div class="top">『<a type=amzn >超次元の成功法則</a>』p.242より</div></blockquote>


私がここにいるのは「<span class="red">創造者</span>」になるためであるという。
創造者になるとは、<span class="red">空間を観念と思考の住処で満たすこと</span>。
創造者になるには<span class="blue">意志を使いこなす天賦の才を磨くこと</span>と<span class="blue">巧みな創造者になる方法を学ぶこと</span>だという。

電車の中で斜め読みしたときはピンと来なかったが、Mさんの話を聴いているときに、この一節の意味がわかった。
私の場合、実現不可能と思えるような状況が必要で、その中で抱いている願望を成就させることができたとき、私はここで言うところの「<span class="red">創造者</span>」になることができるのだ。
当然そのとき、私の中のパラダイムは更新されている。


<h2>大きな川で釣りをしようと決めた</h2>
Mさんは事前にイベント参加者をリーディング（？）して、それをイラストにしてくれた。
素人が見ても何が何だかわからないイラストだ。
Mさん自身による解説によると、このイベント参加者は次のような特徴というか、特質というか、資質を備えているとのこと。


<ul class="oo"><li>話したがり（影響力がある）</li><li>お金をコントロールする側にいる（回る）</li><li>自分の表現したこと（話や文章など）がピンポイントで伝わり、感化する力がある</li><li>地にしっかり立っている（土台がしっかりしている）</li></ul>


そういう人たちが集まったらしい。
全部で30人くらいか？


Mさんはおもむろにたとえ話を始めた。
大きな川の中に入って釣りをしているのに、小さな川に向かって竿を振っている人がいるという。
Mさんから見ると、その人は大きな川の流れの中でもしっかり踏ん張って立っていられるのに、小さな川の方ばかり気になっているとのこと。
大きな川とは自分が新しく踏み出したより大きな世界。
小さな川とはこれまで自分が慣れ親しんてきた世界。
せっかく大きな世界に踏み出したのに、このままではかつていた世界に舞い戻ってしまうと、ユーモアを交えて警告した。

このたとえ話を私は自分のことのように聴いていた。
私も新しい世界に踏み出そうとしている。
いや、もう踏み出している。
そこは絶望的状況なのだが、だからこそやる価値があることを今日知った。

それがこのイベントで得た私の収穫だ。


こうしてイベントは終了。
あっという間の3時間だった。]]>
   </content>
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   <title>猛烈な眠気の原因は無条件の愛</title>
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   <published>2008-05-29T20:12:04Z</published>
   <updated>2008-05-29T20:29:00Z</updated>
   
   <summary>『楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか』（坂本政道著・アメーバブックス刊）を読んで気付きを得たこと。ブルース・モーエン氏が「計画する知性」と呼ぶ意識存在との対話から「疲れ」では説明できない猛烈な眠気の原因を知る。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
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   </author>
         <category term="気付き" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[今、『<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow">楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか</a>』（坂本政道著・アメーバブックス刊）を読んでいる。
そこで「ピン！」と来たところを書き留めておくことにする。]]>
      <![CDATA[<h2>「計画する知性」との対話</h2>


<div class="sho"><a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51bX1CZ-r8L.jpg" alt="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" border="0" /></a><br />『<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow">楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか</a>』</div>


『<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow">楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか</a>』の第10章「振動する球としての世界」。
そこに非物質界の高次の意識存在と著者の坂本政道氏が対話した場面を説明した箇所がある。

その意識存在との対話はブルース・モーエンの『<a href="http://seikou.info/url/bm4.html" title="人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)" rel="nofollow">人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)</a>』にも詳しく書かれてある。
つまり、坂本さんはブルースがコンタクトした意識存在と対話をした。

ちなみにその意識存在のことをブルースは「計画する知性」と呼んでいる。
ここではそれにならい、その意識存在のことを「計画する知性」と呼ぶことにする。

坂本さんと「計画する知性」との対話の前に、ブルースと「計画する知性」との対話がどんなものであったかを理解する必要があるので、その一部を抜粋する。

<span class="day">[ブルースと「計画する知性」との対話]</span>
<blockquote>「あなたは意識の進化において、どんな役割を果たしているんですか？」と私は尋ねた。
何か暖かいものが私のほうへ流れてきた。まるで私が空気になり、暖かく愛に満ちた甘い優しさの雲が、私の中を流れているうちに、<span class="red">私は自分がどこで何をしているのか、すべての接続を失ってしまった。</span>自分をまるごと受け入れる、完全な、無条件の愛による受容の感覚があまりにも圧倒的だったので、私は思考を集中させることができず、自分が思考を集中させられないということにも気付かない程だった。この感覚が過ぎ去ったとき、私は至福のうちに漂ったまま取り残され、徐々に意識を取り戻して、ようやく自分がしていたことの意識をすっかり失っていたと気づいた。
「ああ……そうだ」と私は自分に向かって考えた。「私はデニーズと一緒に……探索しているところだった……ええと……意識の進化について。私たちはこの大きなディスクを見つけ、そして私は質問をしたんだ。だが、何が起こったのか思い出せない。おかしいな」
ふたたび、私は接続を試み、もう一度質問をしてみた。「あなたは意識の進化において、どんな役割を果たしているんですか？」と私は質問を繰り返した。

<div class="sho">（中略）</div>

「計画する知性」とのコンタクトは、言葉にするのがとても難しい。その情報の大部分が、私たちの言語には表現する言葉がないような、純粋な感覚としてやってくるからだ。そしてその情報は、非常に強烈な、「無条件の愛による受容」の感覚でできた雲に包まれて、暗号化されてしまっているため、取り組んでいる課題に集中し続けることが困難なのだ。
<div class="top">『<a href="http://seikou.info/url/bm4.html" title="人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)" rel="nofollow">人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)</a>』p.346,350より</div></blockquote>


簡単に説明すると、<span class="red">「計画する知性」と対話する際、意識が途切れる程の膨大な「無条件の愛」に包まれる、</span>ということだ。


ではここで坂本さんと「計画する知性」との対話の部分を引用する。

<span class="day">[坂本さんと「計画する知性」との対話]</span>
<blockquote>その存在が言うには、「<span class="blue">あなたはブルースよりも交信がうまくできている</span>」ということだった。これはすばらしい、やったと思った。
ところがそれは続けて、「<span class="red">なぜかというと、あなたは『無条件の愛』を全然感じないから眠くならないんだ</span>」というのだ。
そう聞いて私はがっくりした。
普通ならものすごい量の無条件の愛が来ているから、ふわーっと気持ちよくなり寝てしまうはずなのに、まったく感じないから普通に冷静に交信がうまくできているというわけだ。
<div class="top">『<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow">楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか</a>』p.129～130より</div></blockquote>


同じ存在と対話しても、両者ではここまで違う。


<h2>猛烈な眠気の原因は無条件の愛</h2>
さて、私が記録したかったのは「計画する知性」とコンタクトしたブルースと坂本さん、両者の違いではない。
ちょうど、上記引用箇所を読んでいたとき、あることがわかったのだ。
具体的には、「<span class="red">なぜかというと、あなたは『無条件の愛』を全然感じないから眠くならないんだ</span>」の部分を読んだとき、ある謎が解けた。

それは、猛烈な眠気についてだ。


5月27日、<a href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/27212930.php">2008年 アンマ来日プログラムに参加してきた</a>。
その夜、その日のことをすこしでも記録しておくためブログに記事を書いた。
2本書くつもりだったが、1本目をアップし、2本目を書いてる途中で集中力がなくなった。
そういうときはすぐ寝るに限る。

床についたのは午前1時過ぎぐらいだったと記憶している。
目が覚めたのは午前11時近くだった。
10時間弱は眠っていたことになる。

このときのように度を超えた睡魔に襲われることがしばしばある。
その原因をこれまでなら「疲れが出た」として処理していた。

その日は何時間も肉体労働をしたわけではない。
脳を酷使し続けたわけでもない。
半日外出してただけだ。
この異常なまでの眠気の原因が「疲れ」だけとは考えにくい。

だが、こう考えれば腑に落ちる。


<span class="blue">ダルシャンを受けたことで私にキャパシティーを越えた「無条件の愛」のエネルギーが流れ込んできたから。</span>


ブルース・モーエン ワークショップのエクササイズ中に、私を含む多くの参加者が「（寝てはいけないのに）寝てしまった」という理由も、これで説明がつく。

もちろん猛烈な睡魔の原因の全てが「無条件の愛」とはならないが、こうした原因もあると知ったことで、全てを「疲れ」で強制処理することによって生じていたモヤモヤ感は払拭できそうだ。


<span class="day">[参考文献]</span>
<div class="sho"><a href="http://seikou.info/url/bm4.html" rel="nofollow"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/219AcPeQUZL.jpg" alt="人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)" title="人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)" border="0" /></a>　<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" rel="nofollow"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51bX1CZ-r8L._SL160_.jpg" alt="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" border="0" /></a></div><div class="lp">（左）【amazon.co.jp】<a href="http://seikou.info/url/bm4.html" title="人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)" rel="nofollow">人類大進化への旅 (「死後探索」シリーズ 4)</a><br />（右）【amazon.co.jp】『<a href="http://seikou.info/url/sakamoto2012.html" title="楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか" rel="nofollow">楽園実現か天変地異か―2012年に何が起こるか</a>』</div><blockquote><span class="day">[本の内容]</span>高いところにいる意識存在の穏健派(プレアデスとオリオン系の存在)と急進派(別次元起源)のグループがある。2012年に向かって、これから地球は人間はどうなるのか?　彼らはそれぞれ異なる意見を持っている。急激な変化をもって人類を減らそうと考える急進派と、ゆっくり時間をかけて啓蒙していこうと考える穏健派。最近になって、この議論に結論が出た。われわれは一体何を体験するのだろうか。本書では、その結論を詳しく解説。2012年に起こる、物質界、非物質界の変化とは?</blockquote>]]>
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   <title>他人のガイドからのメッセージを受け取る</title>
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   <published>2008-05-28T19:49:27Z</published>
   <updated>2008-05-29T19:04:58Z</updated>
   
   <summary>アンマのダルシャンを待つ間、4人でガイドの話をする。そのとき、この現実は偶然でないことに気付かされるまでの経緯。他人のガイドからのメッセージを受け取ったと考えられる体験の記録。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="不思議な体験" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="身辺雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[ブルース・モーエン ワークショップで知り合った3人と<a href="http://www.amma.jp/web/rainichi/rainichi.html">2008年 アンマ来日プログラム</a>に参加した。
メインイベントはもちろんダルシャン（アンマによるハグ）だ。]]>
      <![CDATA[今年は東京で2日間しか開催されない。
年々知名度も上がってきている。
平日開催とはいえ、ある程度の混雑は想定していた。

我々4名は午前10時に飛田給駅に待ち合わせていた。
遅刻者はナシ。
会場の<a href="http://www.mfpnet.com/09ajs/09access.html">ミズノフットサルプラザ</a>まで徒歩5分。
ゆっくり歩いたとしても午前10時10分には会場に着いていた。

初日の開場時間は午前9時30分なので、開場から40分しか経っていない。
当然ダルシャンの順番は先頭ではないだろうが、あまり後ろの方にはならないだろう、と高をくくっていた。


<h2>予想以上の来場者数</h2>
来場者はまず会場入り口でダルシャンの整理券をもらう。
この整理券によってダルシャンまでの時間を有益に使うことができる。

今年のバージョンはアルファベットと数字の組み合わせだった。
我々4名の整理券は「<span class="blue">P3</span>」。
先頭は「A1」だろうから、私たちは相当後ろということになる。

会場内に足を踏み入れたとき、ちょうど瞑想中だった。
開場してからまだ40分程度なのに我々4人が座るスペースは会場の最後列あたりにしかなかった。
開場前に並んでいた来場者が相当数いた、ということだろう。


<h2>アンマの近くで感じる変化</h2>
瞑想後、ダルシャンライン（ダルシャンを待つ列）に「A1」や「A2」の整理券を持った人が並び、ダルシャンが始まった。
アンマが来場者を一人ひとり抱擁していく。

我々4名は会場前方に移動し、運良く空いたスペースに座ることができた。
アンマからおよそ5メートル程の好位置。
このあたりの要領のよさは経験のなせるワザだ。

このくらい近づけば、鈍感な私でもそれなりに感じるものがある。
目を閉じて内側に意識をフォーかするするまでもなく、自分の体（といっても肉体ではない）が振動しているのがわかる。

敏感な人は、明らかにそれ以上の体験をしていることが傍目にもわかる。


<h2>それはガイドからのメッセージだったのか？</h2>
正午。
順番はやっと「C2」になった。
「P3」の番は当分来ない。
お腹も減ったのでお昼にしようということになった。

日陰にテーブルとイスを移動させてパウンドケーキやナスの天ぷらをつまみながら4人で普段はできないディープなお話をする。

そこでガイドの話になった。
ガイドとは人間（輪廻転生）を卒業するまでに進化した「自分」で、自分を進歩させるために非物質世界から色々働きかけている存在のこと。
「守護霊」や「ハイヤーセルフ」などと表現されることもある。


私以外の3名は自分のガイドと普通にコミュニケーションがとれる。
自分のガイドを知覚することなど造作もない。
そればかりか他人のガイドともコンタクトがとれる。

ここでは便宜上、私以外の3名をXさん、Yさん、Zさんとする。

当初はXさんとYさんと私の3人でこのイベントに参加する予定だった。
3人の都合のいい日が5月27日だったので、その日に決定した。

その直後、私はあるインスピレーションを感じて、Zさんにも声をかけようと思ったのだった。
その日は5月23日。
イベント開催4日前のことだ。

「この日、こういうイベントがあるんですけど、興味ありますか？」という内容のメールをダメモトで出したら、すぐに返事が来て急遽Zさんの参加が決まった。

聞くと、たまたまその日仕事が空いていて、その日以外はずっと予定が入っていたとのこと。
こういう偶然が生じたとき、「<span class="blue">アンマ（聖者）に呼ばれた</span>」などと表現する。
ちなみにZさんはインドにも聖者にも詳しくない。


Zさんは私のダメモトのお誘いを、「<span class="blue">私のガイドのメッセージをエイジさん（私）が受け取ったんだよ</span>」、「<span class="blue">私のガイドがエイジさんに頼んでた</span>」と説明してくれた。

自分のガイドと普通につながれるZさんの言うことなので、きっとそうなのだろうと思う反面、他人のガイドはおろか自分のガイドとも満足にコンタクトできない自分がそれをしたとは考えにくかった。
そもそも私にはZさんのガイドが出てきて、Zさんをこのイベントに誘うように依頼されたというような体験はしていない。
仮にしていたとしてもそれを思い出せない。

私が感じたあるインスピレーションとはふと目にした看板の文字を見た瞬間Zさんのことを思い出したという誰もが日常的に体験し、次の瞬間には忘れてしまっているであろう些細ななものだった。

看板に書かれた文字はZさんを連想させる文字、というよりもZさんそのもの、と言っていい。
例えるならば、「Z医院」と書かれた看板を見たときのように。


<h2>シンクロニシティとこじつけの狭間で</h2>
『<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a>』にこれとよく似た場面があるので引用してみる。


<div class="sho"><a href="http://seikou.info/url/secret.html" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51cPySZXSDL._SL160_.jpg" alt="ザ・シークレット" border="0" /></a>　<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/01393726.1c869cb2.03a5f009.53b8f16f/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f4727113%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f12248126%2f" target="_blank" rel="nofollow"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f0479%2f04791557.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f0479%2f04791557.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a></div><div class="lp">（左）【amazon.co.jp】<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a><br />（右）【楽天ブックス】<a href="http://seikou.info/url/secretr.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a></div>
<blockquote>その後すぐ、スーパーで『ナショナル・インクワイアラー』という雑誌を目にしました。<span class="blue">それまでに、その雑誌を何万回も見ていたのですが、いつもただの背景に過ぎないという感じで、特に目にとまりませんでした。</span><span class="red">ところが、それが、突然、私に向かって前面に飛び出してきたのです。</span>それで『もしも人々が私の本のことを知れば、四〇万人が私の本を買ってくれるはずだ』と思ったのです」
<div class="top">『<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a>』p.157～158より</div></blockquote>


普段何気なく見ていたものがその瞬間だけ特別に感じられる。
こうしたことは頻繁ではないにせよ、しばしば体験することではある。
そしてたいていその後に不思議な出来事に遭遇する、というのがお決まりのパターンだ。
上記の例では、その後自分の記事が『ナショナル・インクワイアラー』誌に載り、自分の本が売れ始めた、という現象が生じている。

『<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a>』以外でも、こうしたシグナルに関することが書かれた本はいくつもあり、私もそのいくつかは読んでいる。
普段何気なく見ていたものが特別に感じられる瞬間の描写としてポピュラーなのは「<span class="red">光って見えた</span>」、「<span class="blue">前面に飛び出してきた</span>」というものだ。

私の場合、そこまでわかりやすくない。
光ってもないし、飛び出してもこない。
ただその瞬間、Zさんのことを思い出した、というだけだ。

私はそうした些細なことにも何らかの意味を持ったメッセージが含まれているかもしれない、と考えるクセをつけている。
その影響で、すぐに「<span class="blue">これは「Zさんを誘え」というメッセージでは？</span>」と解釈した。

もちろんその解釈は私のこじつけである可能性はある。
だが、そんなことはメールを出しさえすれば確認できる。
そこで私はZさんに「唐突なお誘い」メールを出した。
たんなる気のせいであればZさんは参加しない（できない）だろうし、もし何らかの意味あるメッセージであったのであれば、Zさんはきっと参加することになるだろう、と考えて。

結果は後者だった。


<h2>ガイドはどこまで介入できるのか？</h2>
私はこの些細な出来事――思いつきでZさんをイベントに誘ったらZさんが参加した――の経緯を誰にも詳しく話していなかった。
Zさんへのメールには「<span class="red">あるインスピレーションを感じてメールをした</span>」としか説明してない。

だが、Zさんの認識では「<span class="blue">私のガイドのメッセージをエイジさん（私）が受け取ったんだよ</span>」、「<span class="blue">私のガイドがエイジさんに頼んでた</span>」ということだった。

Zさんの解釈に従うならば、私が看板の文字を見て、Zさんを思い出し、「Zさんを誘え」と解釈したという一連のプロセスに、Zさんのガイドが介入していたことになる。

仮にそうだとして、Zさんのガイドはどの程度私に介入していたのだろう？

私の自由意志にまでは立ち入れないと考えると、私にZさんを想起させる看板のあるところまで私を誘導していた可能性はあるが、「Zさんを誘え」と解釈させる、ということまではできないはずだ。

この問題はこれ以上考えても答えは出ないのでこのくらいで切り上げる。


<h2>Zさんのガイドは柴犬</h2>
なにしろこうしてZさんも参加できたという事実とそこに至る経緯を考えると、私は非物質世界（Zさんのガイド）からのメッセージを受け取って、それを活かすことができた、と言っていいように思える。

もちろんそれを否定することはできる。
疑問を挟むのはたやすく、もっともらしい別の解釈を与えることも難しくない。

これで話が終わりなら結論はぼやけた感じを否めない。
わざわざ記録するまでの価値のある話だったかどうかもあやしい。
だが、予想外のことが起こった。
正確には、起こっていたことに気付いた。

こんな話を聞いたのだ。


Xさんは行きの電車の中ですでに他界した親戚とコミットを持とうとしていた。
Xさんにとって死者と交信するのは朝飯前なのだ。
だが、そのときに限ってうまくその親戚を見つけられなかったという。
すると、Zさんのガイドが現れて、その親戚のところまで連れて行ってくれたのだそうだ。


<span class="oo">「Zさんのガイドってすごいね！」</span>


Xさんは賞賛した。

自分のガイドをほめられたZさんにとって悪い気はしないはずだが、その表情は曇っていた。
Zさんのガイドは柴犬の姿をしているらしいのだが、Zさん自身はそのことをあまりよく思ってなかったからだ。


<div class="sho"><img alt="柴犬" src="http://bmw.seikou.info/shivadog.jpg" width="400" height="247" /><br />柴犬　ワン！</div>


<span class="oo">「もっとちゃんとしたガイドがよかった」</span>


とZさんは言う。

私からしてみればしっかりガイドの姿が見えているだけでスゴイことだし、柴犬という姿は「ちゃんとしている」と思うのだが、Zさんにはもっと別の、理想的なガイドの姿というものがあるのだろう。

ちなみに私がブルース・モーエン ワークショップでのエクササイズ中に見たガイドは菱形の金属板のような姿をしていた。
未だにそれが何なのかわからない。


<h2>私のガイドはヒンドゥーの最高神？</h2>
すると、それまで静かに話を聴いていたYさんが口を開いた。


<span class="oo">「Zさんのガイドってシヴァ神が姿を変えたのかもしれないよ」</span>


私はその指摘を聴いたとき、即座にそれが正解のように思えた。

Yさんはつづけて根拠を述べた。
インドに詳しくないZさんにそのことを理解してもらうために、同じ言葉の響きを持っていてZさんがイメージしやすい柴犬の姿をあえてとっているのでは？

この説明に説得力を感じて、私の方が興奮していた。
もし本当にそうだとしたら、それはものすごいことだからだ。
シヴァ神といえば、ヒンドゥーの最高神。
それがバックについてるなら、常時無敵と言える。

もし私がそんなことを言われたら、それがお世辞と気付くまでの数秒間、至福に浸っていられたに違いない。


<h2>それが偶然でないという証明</h2>
こうした会話の最中、私は今朝の記憶が突然甦ってきた。

午前6時半頃起床し、シャワーを浴びた後、パソコンを起動。
メールを受信し、友人・知人らのブログの更新状況をチェックする。
これらはパソコンを起動させた直後に行っているルーティーンワークだ。

そこで私は知人のブログ記事の中にでかでかと柴犬の画像が掲載されているのを目撃していたのだった。

その知人のブログでは自分の飼い猫と飼い犬の写真を掲載している。
なので犬の画像が掲載されていたとしても何の不思議はない。
だが、知人は柴犬を飼っていない。
つまり、柴犬の画像が掲載される可能性は限りなくゼロに近い。


なぜ私は目にする可能性が極めて低い柴犬の画像を、よりによってイベント当日の朝に見ることができたのだろう？

それは、<span class="red">この一連の出来事がたんなる偶然でないことを示すため</span>ではなかろうか？


最終的にそれが決め手となり、私はこの一連の体験を非物質世界（ガイド）からの情報をキャッチした体験の1つとして認めるに至った。
私にはそれが、偶然でないことを証明する権威ある判子のように感じられたのだ。


<blockquote>【追記】この記事を執筆中、デジャブが起こった。
初めて書いたはずなのに、元あった文章を「<span class="blue">なぜ私は掲載される可能性が極めて低い柴犬の画像を、よりによってイベント当日の朝に見たのだろう？</span>」という文章に書き換えたときの記憶が甦り、「<span class="red">デジャブだ</span>」と認識した途端消えた。</blockquote>]]>
   </content>
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   <title>アファーメーションで望む現実を引き寄せる</title>
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   <published>2008-05-27T12:29:30Z</published>
   <updated>2008-05-27T12:34:13Z</updated>
   
   <summary>携帯電話を利用することなく、待ち合わせ場所でうまく出会えなかった2人がアファーメーションによって出会うことができたという体験。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="不思議な体験" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="身辺雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[<a href="http://www.amma.jp/web/rainichi/rainichi.html">2008年 アンマ来日プログラム</a>にブルース・モーエン ワークショップで知り合った3人と一緒に参加してきた。
この知る人ぞ知るイベントは毎年5月に開催される。]]>
      <![CDATA[今年は神戸と東京の2箇所開催。
私が参加したのは東京。
といっても会場は都心ではない。
最寄り駅は京王線飛田給駅。

「ひだきゅう」と読みたくなるのをグッとこらえて、「とびたきゅう」と読む。

新宿から京王線で23分ほど。
京王線沿線に住んでいる人にとっては好都合だが、そうでない人にとってはなかなかたどり着けない場所にある。
ちなみに私の住まいの最寄り駅から飛田給駅に行くには4、5回乗り換える必要がある。


<h2>アファーメーションの効力</h2>
飛田給駅への最短経路がほぼ私と合致するKeiさんと一緒に行く約束をしていた。
事前の取り決めは、「<span class="red">連絡通路階段下で待ち合わせ</span>」と「<span class="red">出会えなくても必ず午前8時25分発の電車に乗る</span>」という2項。

私が待ち合わせ場所に到着すると、「連絡通路階段下」は4つあった。
Keiさんと出会えない可能性が出てきたので、連絡通路階段の上で待ち伏せることに。
が、結局出会うことができず、私はもう一つの取り決めである「午前8時25分発の電車に乗る」を履行した。

車内を見回すが、Keiさんらしき人は見当たらない。
私が降りなかった方の階段に近い車両に何度も目をやる。

「<span class="blue">Keiさんはこの電車に乗り遅れたかもしれない</span>」という可能性を考えた瞬間、「<span class="blue">ラッシュと重なって乗り換えがうまくいかなかったのでは？</span>」というもっともらしい原因が思い浮かぶ。
乗り換え時間は3分しかなかった。

こういうとき、携帯電話があればすぐに互いの所在を確認できる。
だが、あいにく私はケータイ所有者ではない。
2人が物質的手段によって互いの所在を確認する術は絶たれている。

私は走り始めた車内で<a href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/12131427.php">リボール</a>を作りながら、2つのアファーメーションを行った。


<ol class="oo"><li>絶対座れる！</li><li>Keiさんに車内で会う！</li></ol>


すると、次の停車駅で私は難なく座れた。
1つ目はあまりにもあっさり実現してしまった。

対面の座席に目をやると、オレンジ色のケータイをいじっているブラウンのサングラスをかけたKeiさんがいた。
2つ目も、あまりにもあっさり叶ってしまった。

Keiさんは私に気付いてなかったが、数分後には私を見つけるだろう。
このときばかりは「<span class="red">アファーメーションは日常的にどんどん使っていくべきだ</span>」と思った。


<div class="oo">たまたまでは？</div>


もちろんその可能性も脳裏をよぎった。
だが、アファーメーションした直後に2つとも実現してしまうというタイミングは出来過ぎてはいないだろうか？
その直前に「Keiさんは電車に乗り遅れたかもしれない（2人は出会えない）」とイメージし、それを強化するような思考をしていたにもかかわらず。


<h2>結論</h2>
アファーメーションしたことが実現する、という体験を何度も重ねていけば、最終的にそこに何の疑いも発生させることなく、それが「当たり前」と感じられるようになっているだろう。
そうなったとき、<span class="red">自分は望む現実を引き寄せる力を身につけている</span>。


と大上段にとらえなくても、<span class="blue">文明の利器に依存しなくてもなんとかやっていける</span>、くらいは言えるのではないだろうか？]]>
   </content>
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   <title>迷い猫とザ・シークレット</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/21114251.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.594</id>
   
   <published>2008-05-21T02:42:51Z</published>
   <updated>2008-05-27T12:29:19Z</updated>
   
   <summary>『ザ・シークレット』の「引き寄せの法則」を使って迷い猫に関する情報を手に入れていたことに気付く。自分が思考していることを自分が体験する、思考は現実化するという体験の記録。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="不思議な体験" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="身辺雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[今、『<a type=amzn >ザ・シークレット</a>』を読んでいる。
この本は2007年10月末に角川書店から出版され、日本だけで40万部を突破。
世界中では900万部を売り上げた成功本のベストセラーだ。]]>
      <![CDATA[<h2>ザ・シークレットとは引き寄せの法則</h2>

同書の訳者はブルース・モーエン ワークショップのアドバンスコースで通訳をつとめてくれた佐野美代子さん。
ブログはこちら<span class="red">&raquo;</span><a href="http://mimi.livedoor.biz/"> 「ザ・シークレット」翻訳者　佐野美代子のブログ</a>


同書の詳しい内容や感想についてはこの記事では割愛し、ポイントとなる部分だけ簡単に説明する。

<div class="chubl"><img alt="ザ・シークレット表紙" src="http://bmw.seikou.info/secrethyoushi.jpg" width="400" height="247" /><br />『<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a>』表紙</div>


『<a type=amzn >ザ・シークレット</a>』のタイトル通り、この本にはある秘密が書かれてある。
その秘密を知り、それを実践すれば、<span class="red">望むものは何でも、際限なく、何度でも得ることができる</span>という。

その秘密は「引き寄せの法則」と呼ばれている。
法則なので、例外なく全ての人間に作用する。
さながら重力のように。


それは<span class="blue">自分が思考していることを自分が体験する</span>、というもので、別の表現を借りれば、「<span class="red">思考は現実化する</span>」となるだろう。

本の中でその原理を説明した箇所がある。
その部分を引用しようと思ったが、長いので私なりに短くまとめてみる。


<h2>人間はもっとも強力な放送局</h2>
<span class="day">[引き寄せの法則の原理]</span>
<blockquote>人間というのは宇宙でもっとも強力な放送局で、宇宙全体にある周波数を発信している。
その周波数と近い現象がその発信元に引き寄せられる。</blockquote>


豊かな生活をしている自分をイメージし、あたかもその願望が叶えられたかのように振る舞える人はほどなくそのような状態になり、常に時間と仕事に追い立てられ、自由な時間もお金もないという思考で頭が埋め尽くされていれば、まさにそのような状況が続いていく、という具合だ。


<h2>アラジンになったつもりでお願いする</h2>
さて、私はこの本を最初から読んでいるわけではなく、パッと開いたところを読むようにしている。
不思議とそのとき必要な情報が書かれてあるらしい。

昨日、「秘密」の使い方という章を読んでいた。
<a type=amzn >アラジンと魔法のランプ</a>の話を例に出して、望む現実を現実化させるプロセスについて解説してある。

<div class="chubl"><a href="http://bmw.seikou.info/secretAladdin.jpg"><img alt="「秘密」の使い方" src="http://bmw.seikou.info/secretAladdin-thumb.jpg" width="400" height="247" /></a><br />「秘密」の使い方<br /><span class="ko">（クリックで拡大）</span></div>


その第1段階は「お願いする」こと。
アラジンが魔法のランプをこすると魔神ジニーが現れこう言う。


<span class="oo">「あなたの願いを叶えましょう！」</span>


願いを言うと、その通りになる。
現実世界もまさにこれと同じで、宇宙に願い事を発信すれば、それを受け取ることができる。

アラジンは自分で、ジニーは宇宙という関係だ。


<h2>猫と話ができれば</h2>
ちょうどそこを読んでいたとき、急にあることを思い出した。
寝る前、私はあることを願っていたのだった。

4月の暴風雨の日、ずぶ濡れになった猫が我が家に舞い込んできた。
以来すっかり住み着いてしまった。
こうしたことは珍しいことではないのだろうが、私になりに思うところがあり、その猫に関することを知りたかった。
飼い主は誰かということも気になったが、私との絆や私の元へ来た意味について何かありそうな感じがしていたからだ。

<div class="chubl"><img alt="膝の上で熟睡する猫" src="http://bmw.seikou.info/catsleep.jpg" width="400" height="248" /><br />膝の上で熟睡する猫</div>


その夜、私はふとんの中で猫と話ができれば、と考えていた。

すると翌日、まったく予期しない形で、その猫に関する情報が手に入った。
それによると、どうも私の元に来た猫は、<span class="blue">猫であって猫でない</span>らしい。
それがどういう意味かまだハッキリしない。
何らかのメッセージを携えた使者か、縁ある者の生まれ変わりか。


<h2>些細な体験を些細なまままで終わらせないために</h2>
こうして書くと、「引き寄せの法則」を意識して「迷い猫に関する情報」を引き寄せたかのように読めるが、実際は違う。
『<a type=amzn >ザ・シークレット</a>』の一節を読んでいるときに、自分が「引き寄せの法則」を使っていて、それが現実化していたことに気がついたのだ。
もし、その一節を読んでいなかったら、そのことには気づけなかった。
迷い猫に関する情報も、日々無数に受け取っているその他の情報に紛れてしまって、受け取っていながら受け取っていないも同然の状態だったに違いない。


些細なことと言えば些細なことだ。
もし『<a type=amzn >ザ・シークレット</a>』を読んでいなければ、記憶にも残らない些細なこととして処理されていただろう。
だが、これは記録しておく価値がある体験のように思えた。

というのは、「引き寄せの法則」はそれが些細であろうとなかろうと関係なく働くからだ。

私が思い描いたとおりの住処を手に入れたとき、きっとこのときの体験を思い出せるようにしておいてよかったと思うだろう。


<h2>追記：その後の迷い猫情報</h2>
私はさらに猫の情報を手に入れるため、寝る前にアファーメーションを行った。
<a href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/13201146.php">エクササイズ中に痛みを感じたら？</a>に書いた方法の要領で、「<span class="blue">私はこの猫に関する情報をさらに受け取る用意がある</span>」、「<span class="blue">受け取った情報をしっかり覚えている</span>」という具合に。

すると、その猫に関係していたと思われる夢を見た。


それともう一つ。
朝、ゴミ捨てに行ったところ、その猫についてよく知っているであろう人物と話をすることができた。
これはまさに思い描いていたとおりだったので、さすがに「出来すぎだろう」と思った。
ご近所さんとはいえ、その人と遭遇することは月に1度あるかないかだ。
それが数時間後に実現してしまった。


<div class="sho"><a href="http://seikou.info/url/secret.html" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51cPySZXSDL._SL160_.jpg" alt="ザ・シークレット" border="0" /></a>　<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/01393726.1c869cb2.03a5f009.53b8f16f/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f4727113%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f12248126%2f" target="_blank" rel="nofollow"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f0479%2f04791557.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f0479%2f04791557.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a></div><div class="lp">（左）【amazon.co.jp】<a href="http://seikou.info/url/secret.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a><br />（右）【楽天ブックス】<a href="http://seikou.info/url/secretr.html" title="ザ・シークレット" rel="nofollow">ザ・シークレット</a></div>
<blockquote><span class="day">[本の内容]</span>あなたは「偉大な秘密」を手にしています。
この「秘密」は、代々伝えられる中、人々に熱望され、隠され、失われ、盗まれ、莫大なお金で買われたこともありました。歴史上最も著名な人々は、何世紀も前に存在していたこの「秘密」を理解していたのです。プラトン、ガリレオ、ベートーベン、エディソン、カーネギー、アインシュタイン等の発明家、理論家、科学者、偉大な思想家達です。そして、ついに今日、この「秘密」が世界の人々の前に開示されたのです。
「この『秘密』を理解した暁には、あなたは欲しいものを手に入れ、なりたい人物になれ、やりたいことが何でもできるようになるでしょう。また、あなたは、真実の自分を知る事ができます。そして、あなたにはすばらしい人生が待ち受けていることがわかるでしょう」――「はじめに」より</blockquote>]]>
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   <title>エクササイズ中に痛みを感じたら？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/13201146.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.592</id>
   
   <published>2008-05-13T11:11:46Z</published>
   <updated>2008-05-13T11:15:28Z</updated>
   
   <summary>下からエネルギーを集めるエクササイズ中、右膝に痛みを感じた。エクササイズ中に体に痛みを感じたとき、どうすればいいかをブルースに質問する。ブルースは痛みに注意を向け、その情報を受け取るようにと回答。そのコツや手順を教えてくれた。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="BMWベーシック・コース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[<a href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/12131427.php">下からエネルギーを集めるエクササイズ</a>中、右膝に痛みを感じた。
とりたてて右膝の具合がよくないというわけではない。
エクササイズ終了後、痛みは消えた。]]>
      <![CDATA[<h2>意味のある痛みか意味のない痛みか</h2>

イスに座っていたら右膝が痛くなってきた。
その原因は何だろうか？

座り方が悪かったのか、イス自体に問題があったのか、その両方なのかわからないが、部分的に血行不良になっていて、それが右膝への痛みとなって表出したのだろう。
私はそう考えていた。

だから私は自分の体験をグループのメンバーとシェアするとき、それをさも大したことではなさそうに付け加えた。
イスに座っていればそんなことくらいあるだろう。

だがメンバーの一人は「<span class="blue">ブルースに質問した方がいい</span>」と忠告した。

他のメンバーも普通にイスに座っているときならまだしも、エクササイズ中に体の一部が痛みを発したことには何か意味があるかもしれない、と指摘した。

確かにあまり座り心地のいいイスではないにせよ、2回目のエクササイズを始めるまで、右膝から痛みは発していなかった。
エクササイズ中に痛みが発生し、エクササイズ終了後に痛みが消えた。
つまり、意識がC1（現実の意識レベル）ではなく、F10（フォーカス10）の状態のときにだけ痛みを感じたことには何らかの意味がある可能性がある。

もちろんだからといって、エクササイズ中だけ座り方が悪くて血行不良になっていた、という可能性は排除できないが。


<h2>痛みに注意を向け、その情報を受け取る</h2>
そのようなわけで、私はブルースに直接質問することになった。


<span class="oo">「エクササイズ中に体に痛みを感じたとき、どうすればいいですか？」</span>


ブルースの回答は痛みに注意を向け、その情報を受け取る、ということだった。

そうするためのコツとして、「<span class="blue">私はこの痛みの原因についての情報をもっと受け取ってもかまわない</span>」と意図することを教えてくれた。

痛みを痛みとして感じるだけで終始するのではなく、痛みに対してオープンになり、その原因に関する情報を積極的に受け入れることで、新たな情報が開示され、何らかの意味を見出せるようになるのだろう。

そうすることによって痛みが他の何かに変化したり、様々なビジョンが見えたりするという。
その新しい情報が得られたら、「<span class="blue">私はもっと情報を受け取ってもかまわない</span>」と意図して、さらに情報を引き出していく。

このようにして、どんどん受け取れる情報を受け取っていく。
最終的に得られた情報から痛みの意味が理解できるようになるかもしれない。
そしてそれがとても大切なことであるかもしれない。
それはきっと興味深い体験となるだろう。

そうブルースは補足した。]]>
   </content>
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   <title>下からエネルギーを集めるエクササイズ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/05/12131427.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.590</id>
   
   <published>2008-05-12T04:14:27Z</published>
   <updated>2008-05-12T04:19:19Z</updated>
   
   <summary>下からエネルギーを集めるエクササイズの実践。噴水のようにエネルギーが体全体を包み込み、循環していくというイメージ。エクササイズ中の体感。イスに座ってエクササイズをする理由。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
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   </author>
         <category term="BMWベーシック・コース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      昼食休憩は1時間半。
午後のワークショップが開始されたのは14時50分だった。
本日2回目のエクササイズは「下からエネルギーを集める」。
      <![CDATA[<h2>下からエネルギーを集める</h2>

<a href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/04/29011249.php">1回目のエクササイズ「リラックスする」</a>の後に「下からエネルギーを集める」エクササイズを付け加える。

簡単に説明するとこうなる。
足下からエネルギーが体の中を通って頭を突き抜けていく、というイメージを行う。
次に頭上を突き抜けたエネルギーが枝分かれして、噴水のように自分の体全体を包み込むように降り注ぎ、それがまた足下から吸収されて循環していく、というイメージを行う。

言うなれば、自分がエネルギーの噴水になっているような感じ。

<a type=amzn >ヘミシンク</a>をやったことのある人であれば、リーボル（共鳴エネルギー・バルーン）と呼ばれている風船状のエネルギーと同一と考えてもらって差し支えないと思われる。


<h2>噴水のイメージができない</h2>
基本的にエクササイズはイスに座って行う。
座り心地がよく、背筋もまっすぐになるイスであれば申し分ないが、あいにくこの会場のイスはあまりよくなかった。

エクササイズ中のイメージだが、あまりうまくいかない。
簡単にイメージできる人もいるのだろうが、私の場合はかなり苦労した。
いきなり噴水のようにエネルギーが体全体を包み込み、循環していくというイメージができない。
そこでエネルギーを矢印にして、その矢印が体の内側と外側をゆっくり回転しながら循環するというイメージから始めてみた。

矢印の幅は15cmくらいなので、体を1周するのに12回ぐらいかかる。
いきなり噴水のイメージができる人は360°、体の全方位を同時にエネルギーで包み込み、循環させられるのに比べて、あまりに効率が悪いが、今のところはこれが精一杯。


<h2>エクササイズ中の体感</h2>
それでもビジョンは見える。
今度は極めて細かい市松模様や薄いブルーから黄、オレンジへと変化する明るい光が見えた。


<div class="sho"><img alt="lighting.jpg" src="http://bmw.seikou.info/lighting.jpg" width="400" height="247" /></div>


エクササイズ中はとても気持ちがよく、イメージや呼吸に意識を向けることができないほどだった。
ガクンと沈み込んだり、頭が揺れたりしていたので、途中短い眠りに落ちていたのかもしれない。


<h2>イスに座ってエクササイズをする理由</h2>
エクササイズ終了後、ブルースから解説があった。

体の境界が消えるという体験は意識が拡大して肉体を越えているということ。
もしエクササイズ中に何かが見えたり、移動したりしたら、そのまま探索をしてもいい、ということだった。

また、イスに座っている眠りは完全に眠ってしまっているわけではない、とも。
イスに座ってエクササイズすることで、完全に眠ってしまうことを予防しているのだそうだ。

色鮮やかなビジョンが見え、途中眠ってしまったかのようにも思えたが、ひとまず成功と言えるだろう。]]>
   </content>
</entry>
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   <title>知人の見た夢に未だ現れていない現実を見る</title>
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   <published>2008-05-05T03:22:09Z</published>
   <updated>2008-05-05T03:26:12Z</updated>
   
   <summary>午前1時半過ぎ。 そろそろ寝ようと体を横たえていたとき、電話が鳴った。 受話器を...</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
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         <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      午前1時半過ぎ。
そろそろ寝ようと体を横たえていたとき、電話が鳴った。
受話器を取ると、古い知人だった。
      <![CDATA[ひとしきり互いの仕事のことなどを話している最中、突然知人が何かを思い出した。
「そうだ、これ、話そうと思ってたんだ！」

知人が話そうと思っていた話とは知人が見た夢のことだった。
私が出てきたわけではないが、私の作品が出てきたとのこと。

知人は書店で私の作品が並んでいるのを眺めていて、最新作にも目を通していた。
それは知人好みの内容ではなかったらしく、面白くないのでネタが尽きてるのかと思ったらしい。
ただそれを正直に本人に伝えたら悪いかなと思ってそうすることをためらっていた。


おおよそそんな内容だった。


<h2>夢の世界は現実化されていない世界か？</h2>
どうやら書店に私の本が置かれているのは「普通」のことで、すでに私は何冊か本を出版しているらしい。
たまたまそのときの最新作が知人のお気に召さなかったようだ。

私はどんな本だったかを尋ねた。
形式は小説、というわけではないようだがハッキリしない。
表紙はエンジで、小さいサイズということだから新書だろうか？
表紙がエンジの新書となると、<a type=amzn >PHP新書</a>が思い当たるが。


それはそれとして。
私はそんな世界もあるんだな、などと思いながらその話を聴いていた。
夢の中の話なので、その世界があるのは夢の世界に違いないが、不思議な現実感を伴ってそれは今後現実として現れる可能性のある場所に位置しているような気がした。]]>
   </content>
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   <title>幸せに生きることのできる素質</title>
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   <published>2008-05-05T00:52:45Z</published>
   <updated>2008-05-05T01:25:40Z</updated>
   
   <summary>2人の人物に親切にしたのだが、その2人からまったく別の反応が返ってきた。一方は99の親切に対する感謝はなく1の気に入らない行為に対する不満を怒りをにじませながら私にぶつけてきた。もう一方は30の親切に対してあたかも私が60くらいの親切を行ったと錯覚させるほどの感謝を私に送り返してきた。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
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         <category term="身辺雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      こんなことがあった。
2人の人物に親切にしたのだが、その2人からまったく別の反応が返ってきた。
それがあまりに見事なコントラストだったので、記録しておくことにする。
      <![CDATA[<h2>人が他人にできる最大限の親切を100とすると？</h2>

1人の人物、ここではAさんとする。
私はAさんに対して自分ができる最大限のことをした。
具体的に何をしたかについては述べないが、大まかに「親切なこと」としておく。

最大限とは文字通りの意味で、それ以上はない。
ここでは話をわかりやすくするため、それを数値化してみる。

私はAさんに対して100（最大値）の親切を行った。
普段、日常生活をしていて他人に100の親切を行うということは滅多にない。
きっと大聖者でもない限り、常にフルパワーの100を発揮し続けることができる人はいないだろう。

この「100」という数値は「その人の最大値」という意味だが、このように考えてもらうとよりイメージしやすいかもしれない。


<span class="oo">その人は1日に100の親切なことができる。</span>


私はAさんと別れた後、体力的にも精神的にもヘトヘトになっており、2日ほどボーッとしている以外何もできなかった。
正直に告白すると、その間、人に親切に接することができなくなっていた。
5や10レベルの親切でさえも、ある程度の体力と精神的ゆとりが必要なのだ。


<h2>私にできる最大限の親切の対価</h2>
その後、Aさんから連絡があった。
私はAさんから感謝されることを期待して様々な親切を行っていたわけではなかったし、感謝の言葉を聞けなかったとしてもそれを不満に思うことはなかっただろう。
私としてはAさんに対して「やれるだけのことをやった」という自負があり、それで充分だったからだ。

予想に反して、Aさんは私を批難してきた。
きっとAさんの中で、私の親切の中に気に入らないものが含まれていたのだろう。
100の内、1つくらい。


<h2>「望外」と「それでも足りない」</h2>
Aさんからの反応のしこりを胸と脳に感じながらもそれなりに気力と体力を回復した私はBさんと会った。
そこで私はBさんに対して親切を行った。
Aさんに対して行った親切とは行為そのものは異なるが、「<span class="red">そのときの本人が必要としていることで、私がしてあげられること</span>」には違いない。

私がAさんに対して行った親切を100とするなら、せいぜい30程度。
私としてはあと5か10かぐらい上乗せできたし、実際そうするつもりだったが、時間的制約もありそれは叶わなかった。

Bさんとの別れ際、Bさんは私の行為に対して何度も感謝し、喜びを表現し、またそれを形にしてくれた。
それは私が受け取るには「望外」とも言えるものだったが、Bさんにとっては「それでも足りない」と感じていたようだった。


<h2>幸せな人生を送ることができる素質</h2>
帰宅する電車の中で、私に立て続けに現れたこの2つの現実について考えた。

一方は99の親切に対する感謝はなく1の気に入らない行為に対する不満を怒りをにじませながら私にぶつけてきた。
もう一方は30の親切に対してあたかも私が60くらいの親切を行ったと錯覚させるほどの感謝を私に送り返してきた。

どちらも私の予想外のことだった。
ふと、最近読み返した<a type=amzn >小林正観</a>さんの本の一節が思い浮かぶ。


<div class="sho"><img alt="釈迦の教えは「感謝」だった表紙" src="http://bmw.seikou.info/20060524_180432.jpg" width="400" height="300" /></div>


『<a href="http://kinsaku.jugem.cc/?eid=291" title="『釈迦の教えは「感謝」だった』レビュー[目次]：金策冒険家エイジのblog" target="_blank">釈迦の教えは「感謝」だった</a>』に右肩と右腰、右膝の痛みが数年とれないと訴える30代の気功治療師の話が出てくる。
小林正観さんは彼に以下のようにアドバイスした。

<blockquote>彼は、気功の専門家ですから、体の部品をいくつくらい挙げられるかと尋ねました。
「三〇〇ぐらいでしょうか」
と彼は答えました。
「では、きっかり三〇〇だとしましょうか。人間の体の部品がきっかり三〇〇あるとして、痛いところが右肩と右腰と右膝だとします。では、痛くないところ、順調に働いてくれているところが、二九七ヵ所あるわけですよね。では、その二九七ヵ所に対して、順調に働いてくれてありがとうと手を合わせて、お礼を言うことにしてみたらどうですか？」
彼は非常に頭のいい人だったようで、
「分かりました。家に帰ってやってみます」
と、すぐに受け容れました。
家に帰り、すぐにやってみたそうです。約三〇〇ヵ所、挙げられるだけ名前を挙げて、痛くないところに手を合わせ、
「どこそこが痛くなくて、ありがとう」
「順調に働いてくれて、ありがとう」
と繰り返したそうです。
約三時間かかったそうですが、言い終わった後に、その三ヵ所の、数年とれなかった痛みがウソのようになくなっていたということでした。

<div align="center">（中略）</div>

<span class="red">人間は痛いところがあると、痛いことばかりを言って、その痛い問題があるところばかりを挙げ連ねて、実は順調に働いて下さっているところをすっかり忘れています。</span>
そのことを、実は身体も宇宙も訴えかけたかったのかもしれない。<span class="blue">たまには順調に働いているところを思い出してみたらどうですか。たまには順調に働いているところに感謝をしてもいいのではありませんか。</span>実はそういうメッセージを投げかけるために、どこかが一ヵ所痛んだり、二ヵ所痛んだりしているのかもしれません。
<div class="top">『<a type=amzn >釈迦の教えは「感謝」だった</a>』p.131～134より</div></blockquote>


この話は「痛み」を「不満」に、「順調に働いているところ」を「親切」に置き換えて読むこともできる。

人から受けた行為の中に1つでも不満があれば、怒りで99の親切をすっかり忘れてしまえるAさんと、人から受けた親切、たとえそれが些細なことであっても、それを上回る感謝で応えることのできるBさん。
どちらが幸せに生きることのできる素質を持っているかについては言うまでもない。


<h2>他人は自己を映す鏡</h2>
参考までに、あくまで私見だが、2人の大まかな人生観について補足しておく。

Aさんは人生を自己を向上させるための修行の場としてとらえており、どこか自分を救世主のように思い込んでいる節のある人間。
Bさんは働いてお金儲けしておいしいものを食べたり旅行したりして人生を楽しみたいと考えている人間。


さて、今ここを書きながら予想もしない形であるメッセージを受け取った。
AさんもBさんも知らないはずのXさんからメールが届き、「<span class="blue">周りを見渡しなさい、渡りにいる人々は、今の自分の鏡です</span>」と書いてあった。

「他人は自己を映す鏡である」とよく言われるが、特にこのAさんとBさんは、今の私を端的に表しているのだろう。
確かに私にはAさんの側面とBさんの側面を併せ持っている。

そう思える一方で、私はAさんほどストイックに自分を向上させることに固執してはいないし、Bさんほどではないにせよ人生にそれなりの楽しみを持つことを自分に許している。]]>
   </content>
</entry>
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   <title>リラックスのエクササイズ中に見たビジョン</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/04/29011249.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.583</id>
   
   <published>2008-04-28T16:12:49Z</published>
   <updated>2008-04-28T16:21:29Z</updated>
   
   <summary>ブルース・モーエン ワークショップ ベーシックコース1日目。リラックスのエクササイズとその最中に見えたビジョン。非物質世界での体験を記憶しておく方法。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="BMWベーシック・コース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      正午。
ようやく非物質世界を知覚するためのエクササイズに入る。
まずはリラックスの方法から。
リラックスすることでよりオープンになり、敏感でいられるという。
      <![CDATA[<h2>あまりにもシンプルなリラックス法</h2>

ブルースの教えるリラックスの方法は至ってシンプルだった。
ここではその方法を紹介しないが、ヨガや呼吸法、瞑想などを少しでもかじった人であれば、メモする必要もないだろう。

それらにまったく縁のない人生を送ってきた人も、「<span class="blue">自分なりの方法でリラックスして下さい</span>」と言われたら、ブルースの方法をやっているかもしれない。
そのくらいオーソドックスでシンプルな方法だった。


<h2>リラックスが深まると首が回転し出す</h2>
リラックスのエクササイズを始める。
目をつぶり視覚を遮断することによって他の感覚、特に聴覚が研ぎ澄まされていく感じがする。
これまで聞こえなかった空調の音が耳につく。

程なく頭がゆっくり回転し出す。
これは私がある程度リラックスが深まったときに表れる現象で、瞑想をしていたときはよくこうなった。

腰から上が背骨を軸にして小さく回転し、さらにリラックスが深まると首から上が大きく回転する。
尾てい骨のあたりからエネルギーが回転しながら登ってくる感じで、ただそれに上半身や頭をゆだねている状態。
こうなったときの感覚はかなり心地よい。
電車の中でウトウトしているとき、突然首がガクンと前や後ろに倒れるときがあるが、あの感覚に近い。
もちろん止めようと思えば止められるし、回転が大きすぎたときはもっと小さくすることもできる。

これは私に特有の現象とは思わないが、薄目を開けて他の人の様子をうかがうと、せっかくのこの感覚が失われてしまうかもしれないと考え、目を閉じたまましばらくこの状態をキープした。

というのも、このとき、様々なビジョンが見えていたのだ。


<h2>リラックスのエクササイズ中に見たビジョン</h2>
照明を落とした薄暗い部屋の中で目を閉じているので、そこで私が見ているビジョンは外界からの光（何かを反射した光）がまぶたを通過したものではない。
冷めた表現をすれば、「<span class="blue">脳内が勝手に創り出している映像</span>」、あるいは「<span class="blue">脳が『見えている』と錯覚させている映像</span>」になろうか。

では、なぜ脳はそのようなビジョンを「見せ」るのか？
そもそもその映像は何なのか？

おそらく、<span class="red">深いリラックス状態が確立されたことにより意識が広がって非物質世界にある何らかの情報を受け取れるようになった、</span>ということなのだろう。


<h2>非物質世界での体験を記憶しておく方法</h2>
私が見たビジョンは目まぐるしく変化する上、それが何なのかわからないことがほとんどなので、それを記憶に定着させるのが難しい。

非物質世界での体験を記憶に定着させるにはそれを言葉に置き換えるという作業が必要なのだが、非物質世界における情報を物質世界の言葉によって定義するということにそもそも無理がある。
物質世界にあるものが非物質世界にもあり、まさにそれを見たり聞いたりしたのであれば簡単に言葉に変換できるが、そんな都合のいい体験は滅多にしない。


エクササイズ終了後、その体験をノートに書き留めるが、様々なビジョンを見たはずなのに、どうにか言葉に変換し、記憶として持ち帰ることができたのはたった3つだけだった。


<h2>非物質世界から持ち帰ることができたビジョン</h2>
私が非物質世界から持ち帰ることができたビジョンは以下の3つ。

<ol class="oo"><li>ダイヤモンドのカットのように交差する無数の数学的な直線</li><li>綺麗な蒼い翅（はね）を持つ蝶の翅を横から見たビジョン</li><li>ぼやけたタンポポの種（綿毛）</li></ol>


写真素材集「<a type=amzn >フォトバイブル</a>」から私が見たビジョンに近いものを選び出し、加工してみた


<span class="day">[交差する直線]</span>
<div class="sho"><img alt="交差する直線" src="http://bmw.seikou.info/relaximage.jpg" width="400" height="247" /></div>。


<span class="day">[蒼い翅の蝶]</span>
<div class="sho"><img alt="蒼い翅の蝶" src="http://bmw.seikou.info/chou.jpg" width="400" height="150" /></div>
<div class="lp">（左）ディディウスモルフォ<br />（右）ルリオビタテハ</div>


<span class="day">[ぼやけたタンポポの種（綿毛）]</span>
<div class="sho"><img alt="ぼやけたタンポポの種（綿毛）" src="http://bmw.seikou.info/tanpopo.jpg" width="400" height="247" /></div>


さて、これらのビジョンはいったい何なのか？
どんな意味があるのか？

今のところまったくわからない。]]>
   </content>
</entry>
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   <title>体脱的な10秒間</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/04/28163317.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.582</id>
   
   <published>2008-04-28T07:33:17Z</published>
   <updated>2008-04-28T07:34:58Z</updated>
   
   <summary>朝、ウトウトしていて眠りに落ちる寸前というのがわかった。 意識はあり、白い煙のよ...</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="不思議な体験" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      <![CDATA[朝、ウトウトしていて眠りに落ちる寸前というのがわかった。
意識はあり、白い煙のようなものが渦巻きのようなクエスチョンマーク（？）の上の部分の形で揺らめいているビジョンが見えた。
<a type=amzn >ヘミシンク</a>は聴いていない。]]>
      その直後、ある特有の感覚が体を支配し、これはもしかすると体脱できるチャンスかもしれないと思った。
が、思うように体から抜け出せない。
そこで体を回転させる、という方法を実行する。
仰向けに寝ていたが、それを回転してうつぶせの状態にする。
本に書いてあった有効な方法だが、ミシミシと音がする感じがして、それをさせない。
1回目は失敗。
すぐに2回目にトライ。
すると、うつぶせの状態になった。
ここで体脱できてるはずだが、体脱したという感覚はない。
一瞬意識が途切れたか、記憶がない。

次に意識したのは天井のすぐ下で、もしかしたら体脱できていたのかもしれないが、ひとまずその天井を上部へすり抜けることにする。
見えているビジョンは白っぽく、曖昧な感じ。
このとき、下を見て、自分の寝ている姿を確認するという基本事項はまったく思い浮かばなかった。

天井を抜けると、ビジョンが急にクリアになり、現実レベルでの視覚と遜色ない。
けっこう見えるじゃないか、と思う。
見ているビジョンは、おそらく現実に存在する場所ではない気がするが、よく似てはいた。
最も近い風景は実家のベランダから見た風景で、最初はそこにいるのかと思った。
実家は丘の中腹にある5階にあるので、見晴らしはいい。
ただ実際に実家のベランダとの違いはベランダの面積が2倍以上アリ、そこから見える風景が異なる。
１つ覚えているのは、灰色の粘土質の巨大なかたまりのようなものが見えた。
それが何なのかわからないが、そのわからないものがあるということで、ここが現実世界とは違う場所であるらしいということがわかった。
もうしばらく探検してみたかったが、それで終了した。

時間にして10秒くらいだろうか？
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>今は判断するのをやめておこう</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/04/17045749.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.563</id>
   
   <published>2008-04-16T19:57:49Z</published>
   <updated>2008-04-16T20:03:01Z</updated>
   
   <summary>ブルース・モーエン ワークショップ ベーシックコース1日目。非物質的感覚を発達させるには無意識に行っている情報の切り捨てに気付く必要がある。非物質世界からの情報を「無価値」と切り捨てるのではなく、「今は判断するのをやめておこう」という結論を留保する態度でそれらを扱うことが非物質的感覚を発達させる訓練となる。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="BMWベーシック・コース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      3つめの「今は判断するのをやめておこう」は、1つめの「自分に備わっている非物質的感覚を信頼する」と関連が深い。
      すでに述べたが、私を含む多くの成人は自分に備わっている非物質的感覚を軽視、ないし無視するよう条件付けられている。
その影響はよほど注意して自己観察しないと見出せない。
それほど自然に溶け込んでいる。

非物質世界を探索するためのエクササイズに限らず、瞑想や寝入りばななど通常の意識状態とは異なる意識状態になったとき、あるビジョンが見えたりメロディが流れてきたり何らかの気配を感じたりすることがある。
それらは非物質世界からもたらされた情報である可能性が高く、もしかしたらその中に重要なメッセージを含んでいる可能性すらある。

が、通常それらを「どうでもいい情報」として即時に切り捨て、何ら注意を払おうとしない。
事実は私はこれまで何千回と様々なビジョンを見てきたが（特に寝入りばな）、それらに特別な価値や意味があるとは思ったことがなかった。


非物質的感覚を発達させるにはまず、こうした無意識に行っている情報の切り捨てに気付く必要がある。

それらの情報には本当に価値がないのかもしれないし、あるのかもしれないが、非物質的感覚が未発達な内はその判断はつかない。
とかく意味不明なものには「無価値」というレッテルを貼りたがるが、意味不明であるからといってそこに価値がないということにはならない。
それは幼稚園児にとって相対性理論や為替相場が無価値であっても、その幼稚園児が大学生や社会人になればそうとは限らないという事例が証明している。

要はそれら非物質世界からの情報を「無価値」と切り捨てるのではなく、「今は判断するのをやめておこう」という結論を留保する態度でそれらを扱うことが非物質的感覚を発達させる訓練となる。
もしそれらをノートやレコーダーに記録してあったら、後に何らかの意味を見出せる日が来るかもしれない。
   </content>
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<entry>
   <title>他人の過ち/成功から学ぶ</title>
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   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.562</id>
   
   <published>2008-04-16T19:50:21Z</published>
   <updated>2008-04-16T19:57:11Z</updated>
   
   <summary>ブルース・モーエン ワークショップ ベーシックコース1日目。ブルースがその人生の半分以上もの歳月をかけて獲得した非物質世界を探索するための感覚や能力、知識をワークショップ参加者は短期間に獲得できる。</summary>
   <author>
      <name>エイジ</name>
      <uri>http://seikou.info/</uri>
   </author>
         <category term="BMWベーシック・コース" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bmw.seikou.info/">
      もう一つ非物質的感覚を発達させるコツとして、ブルースは他人の過ち/成功から学ぶという方法を説明した。
      <![CDATA[<a type=amzn search="ブルース・モーエン">ブルースの本</a>によれば、ブルースが非物質世界を探求するようになって少なくとも30年以上経過していることがわかる。
人生の半分以上を、非物質世界の探索に費やしている。
もちろんブルースも初めから非物質的感覚が発達していたわけではない。
その感覚を発達させるために試行錯誤を繰り返し、ときに大幅な回り道をしてきた。
言い換えればそれらは非物質世界を知覚する過程における失敗の歴史とも言える。
その膨大な経験があるからこそ、人が非物質世界を知覚する過程で躓きやすいところや誤解しやすいところがわかる。
またさらなる一歩を踏み出すためのきっかけやテクニックについてもしかり。

ワークショップではブルースが実際に経験した失敗談が語られる。
参加者はそれを聴くことで、遠回りの道や落とし穴を避けて通ることができる。
ブルースが数年かけてようやくたどり着いたプロセスをたった1日（1時間）で通過できるので、参加者の非物質的感覚を発達させる時間は大幅に短縮される。


これは経験豊かな講師であるブルースに限定されるものではない。
非物質世界を知覚しようとしている人たちすべてが教師であり、彼らの体験が自分の非物質的感覚を発達させるための道具である、という意味も含まれている。

「こうしたらうまくいった」、「自分はこうしている」、「私の場合はこうだった」などの情報に触れることで自分一人だったら到底思いつかないアイディアやひらめきが得られ、それが非物質的感覚を発達させる速度を加速させる。

だからこそエクササイズ後にみんなでその体験をシェアする時間が充分設けられている。]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>自分に備わっている非物質的感覚を信頼する</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bmw.seikou.info/archives/2008/04/17044357.php" />
   <id>tag:bmw.seikou.info,2008://8.561</id>
   
   <published>2008-04-16T19:43:57Z</published>
   <updated>2008-04-16T20:09:27Z</updated>
   
   <summary>ブルース・モーエン ワークショップ ベーシックコース1日目。非物質的感覚が未発達な理由の考察。非物質的感覚が自分にあると見なし、そこから得られた情報に注意を払い、重視することによって非物質的感覚を発達させることができる。</summary>
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      <![CDATA[私を含む多くの人は大人になる過程で、次のような教育を受ける。

<ul class="oo"><li>物質世界こそが現実の全てであり、それ以外の世界など実在しない</li><li>物質世界がもっとも重要であり、夢などの非物質世界は重要でない</li></ul>]]>
      <![CDATA[要するに「<span class="red">起きているときの世界こそが世界の全てであり、それのみが現実である</span>」、あるいは「<span class="red">夢の世界や死後の世界などというのは人間の想像力が勝手につくり出したおとぎ話で、現実にそんな世界は存在しない</span>」という信念を抱かせられる。
おそらく多くの人はこれらの信念に何の疑いも持っていない。
疑う余地すらない真理であると信じ込んで（信じ込まされて？）いる。

これらの真偽はともかく、これらに反することを唱えると、頭がおかしいと指摘されたり精神に異常を来していると見なされたりする。
それでもなお「ホラ、あそこに幽霊が見える！」などと言おうものなら、「精神病患者」のレッテルを貼られて世間から強制的に隔離される。

こうした事情もあって元々備わっているはずの非物質的感覚は未発達の状態が保持されてしまっている。
それは事実上「<span class="red">人間には非物質的感覚などない</span>」、「<span class="red">たとえあったとしても重要ではない</span>」と信じ込まされているのと同じだ。

ブルースはそれがどんなに未発達であれ、その感覚の存在とそこから得られる情報を信頼することの重要性を強調した。
それが非物質世界の認識につながるのだと。


<h2>自分に備わっている非物質的感覚を信頼する</h2>
ここで自分が「自分には五感がない」と長年信じ込まされていたらどうなっているだろうかを想像してみる。

きっと今私が知覚しているように物質世界を知覚することはできなかっただろう。
その世界は今私が知覚している物質世界よりも曖昧で不明瞭な世界として知覚されたに違いない。
たとえるならば、眼に濁ったコンタクトレンズを装着させられ、耳に耳栓を押し込まれたときのように。

それを考えると、ないように思われてもあると見なすことが非物質的感覚を発達させる第一歩であり、たとえそこから得られる情報が貧弱であっても、それらに注意を払い、重要視していくことが非物質的感覚を発達させる訓練になる、というブルースの教えには説得力がある。]]>
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